グローバルナビゲーションへ

本文へ

ローカルナビゲーションへ

フッターへ



Home >  在宅診療の教科書 >  わからない、から始まった。広報が見た「在宅医療の本当のすごさ」

わからない、から始まった。広報が見た「在宅医療の本当のすごさ」


突然ですが、「訪問診療」と聞いて、すぐに具体的なイメージが浮かぶでしょうか。

正直に言うと、広報である私は入職前、ほとんど知りませんでした。
医師と看護師が自宅に来る医療らしい。なんとなく高齢者向け。そのくらいの認識です。

けれど実際に貞栄会の一員として働き始めて、私は衝撃を受けました。
訪問診療は、「家に行く医療」ではなく、“生活を丸ごと支える医療”だったのです。

今回、広報として「ルーキー・オブ・ザ・イヤー」という大会に出場し、自分の仕事を振り返る機会がありました。
広報として何をしてきたのか。どんな価値を届けられたのか。

そう考えたとき、真っ先に浮かんだのは、私自身の成長よりも、日々当たり前のようにこの医療を実践している貞栄会の姿でした。

改めて振り返ってみると、やはり思うのです。
__この医療は、もっと知られるべきではないか、と。

今回のコラムは、今までのコラムとは違い、医療職ではない「広報」という視点からお送りします。

「医療は3割、生活は7割」って、どういうこと?

病院では、患者さんは「病気を治す対象」です。でも在宅では、その人は「暮らしている一人の人」。

ベッドの位置、家族との関係、食事の時間、テレビの音量、好きなゲームの話題まで。

医療は、その人の人生の中に入っていきます。
診察室では見えないものが、家には溢れています。
そしてそれを前提に医療を組みたてる。
これが、在宅医療の本質なのだと知りました。

「医療は3割、生活が7割」

この言葉の意味を、私は現場を通して知ることができました。

“動く総合病院”という本気

貞栄会は、静岡を拠点に複数の地域で訪問診療を展開しています。
月2回の定期訪問。そして24時間365日の往診体制。

内田理事長は、この体制を「動く総合病院」と説明していて、私は「なるほどな」と思いました。

本当の総合病院と違うのは、患者さんが移動するのではなく、医療側が動くこと。

しかもそれは単なるフットワークの軽さではありません。夜中の呼び出しも、休日も、災害時も。

本気で“最期まで支える”覚悟があるからこそ成立する体制です。

外から見ていたときは「サービス」。しかし中に入ってみると、それは「責任」でした。

地域を動かすのは、派手さではなく安心

広報として活動する中で、私は気づきました。

地域を活性化させる、というと新しい施設やイベントなど“何かを足す”ことを想像しがちです。
でも本当に人が安心して暮らせる地域には、必ず「医療の土台」があります。

いざというとき来てくれる。
家で過ごす選択肢がある。
最期まで暮らせる可能性がある。

その安心があるからこそ、人は前向きに生きられる。

在宅医療は、目立たないかもしれない。
でも確実に、地域の基盤を支えています。

それは、派手な医療ではなく、“当たり前を守る医療”です。

未経験だったからこそ見えたこと

私は医療職ではありません。だからこそ、最初は何もわかりませんでした。

でも、わからなかったからこそ気づけたことがあります。

それは、この医療は、もっと知られるべきだということ。

訪問診療は、高齢者だけのものではありません。
誰もが、人生のどこかで関わる可能性のある医療です。

それなのに、伝わっていない。知る機会がない。

だからこそ、伝える必要がある。だからこそ、私がいる意味があるんだと思いました。

訪問診療が、当たり前に語られる社会へ

貞栄会の医療は、細かく分解していけば、特別なことをしているわけではありません。
ただ、「家で生きたい」という願いに、真正面から向き合っているだけです。

でもその“だけ”が、実はとても難しく、そして、とても尊い。

未経験から飛び込んだ私の目には、それがとてもすごいことに見えました。

訪問診療が、「特別な医療」ではなく「選択肢の一つ」として当たり前に語られる社会へ。
その未来を、私はこの法人の一緒に見てみたいと思っています。